四日市の萬古焼

萬古焼は、江戸時代中期に桑名の豪商・沼波弄山(ぬなみろうざん)が現在の三重県朝日町小向(おぶけ)に窯を開いたことに始まります。 弄山は自身の作品がいつまでも変わらず残るようにと「萬古」または「萬古不易」の印を押しました。それが萬古焼の名前の由来といわれています。「萬古不易」には「何時の世までも栄えるように」という願いが込められています。

萬古焼には、食器や花器など生活を彩る器から工業製品の型まで多種多様な焼き物があります。そのバラエティーの豊かさは、「萬古焼の特徴は『萬古』の印があること」といわれるほど。陶土などの資源が乏しい土地で、先人たちは技術力を磨き、研究を重ね、各時代のニーズを敏感にとらえて様々な製品を作り出してきました。努力と工夫で300年近くもの間、萬古焼の伝統を繋ぎ、日本有数の陶産地として発展してきたのです。

その中でも、萬古焼の土鍋は、国内生産第1位、全国シェア80%を占めるほどの代表的な製品です。1959年、ペタライトという鉱物を配合した低熱膨張性陶土が萬古業界で開発されました。家庭の熱源が薪からガスへ移行していた時期で、ペタライト入りの萬古土鍋は高火力のガスでの使用でも「割れにくい」土鍋として全国に広がりました。現在もIH対応土鍋や高気密土鍋など時代に合った商品の開発に取り組んでいます。

kanaeは、そんな萬古焼の産地である三重県にて誕生しました。だえん形という、あまり見かけない形状の土鍋が実現できたのは、長い年月の中で多くの職人たちが育まれ、材料・設備・流通システムといったインフラが整ってきたからこそ。半世紀にわたりトップシェアを守り続けてきた中での実績とノウハウが、今回の新たなチャレンジを実現化するための源泉となりました。

kanaeを通じて、萬古焼ならびに三重県の歴史にもご興味を持っていただけたら幸いです。